カウンセリング・コラム①

みやTのカウンセリング実践力通信2

関西カウンセリングセンター専任講師の宮田智基が、カウンセリング実践力養成コースのカリキュラムをもとに「コラム」を作成。カウンセリング実践力養成コースでカウンセラーが学んでいること、じっくりお伝えします。

カウンセリング・コラム①:エピソードに注目せよ!

★レポート:「よく~していたものだ」という語り
例:「お父さんとよくケンカをしていました」、「母親には傷つけられてばかりでした」

★エピソード:「ある日の出来事、ある日の体験」
感情を伴っており、その時の情緒的な身体感覚を追体験できる。

クライエントが語る「過去の記憶」には、「レポート」と「エピソード」があります。

この区別は、臨床上、とても重要です。「レポート」とは、「よく~していました」という語りです。
例えば、「母親には傷つけられてばかりでした」などです。
ただ、こうした「レポート」からわかることは、限られています。また、こうしたレポートを聞いて、〈お母さんに傷つけられてばかりで、つらかったでしょうね〉とは、私は口が裂けても言えません。というのは、この「レポート」だけでは、クライエントの思いを追体験できないからです。
カウンセラーが注目すべき語りは、「エピソード」です。「エピソード」とは、「ある日の思い出、ある日の場面」についての語りです。例えば、クライエントが「母親には傷つけられてばかりでした」と語れば、〈そのことを、もう少し教えて頂けますか?〉、〈そのことで、何か思い出せることはありますか?〉などを尋ねます。

すると、クライエントは、次のように語りました。「母親はよく愚痴を言う人で、姑の愚痴をよく聞かされてたんですね。(ここまではレポートです。)その時も『あの人はホント、鬼みたいな人や』って言うんで、お母さん可哀想だなって聞いてたんです。そしたら不意に、『ホント、あのお祖母ちゃんは、あんたとそっくりや!』って言うんです。『えっ?!』と思って、一瞬よくわからなくなって、そのまま聞いてたんですけど、だんだん腹が立ってきて、『なんでそんなこと言われなあかんのよ!!』って怒ったら、お母さんは『なんのこと?』って感じで・・・。だんだん訳がわからなくなってきて、『お母さんなんか大嫌い!』って怒ったら、お母さんもすごい怒り出して、『なんやのあんたは!?わけのわからん子やな!あんたみたいな子は、私の子じゃないわ!お父さんの子よ!』って怒りだして・・・・」。

これはやや極端な例ですが、レポートとエピソードとでは、そこに含まれる「情緒体験の密度」が、まるで違います。「エピソード」には、クライエントが抱えている情緒や葛藤が、色濃く含まれています。

このクライエントが、母親から「ホント、あのお祖母ちゃんは、あんたとそっくりや」と言われて、「えっ」と凍るような感覚や、「私の子じゃない、お父さんの子よ!」と言われた傷つきが、追体験できると思います。
また、このクライエントと母親との「関係性」の有り様も、このエピソードによくあらわれています。クライエントは母親を助けようとしていたら、不意に母親から変なものが飛んできて、混乱して・・だんだん腹が立って母親に怒っても、母親は傷つけた自覚すらなくて、逆ギレされて、拒絶されてしまう。こうした「関係性」にさらされてきたとすれば、彼女が情緒的に混乱してしまうのも、まったく無理がないことです。

カウンセリングは、単に知的なものではなく、非常に体験的なものであり、情動的なものです。杉原保史先生は、『技芸としてのカウンセリング入門』の中で、この点を強調しておられます。「レポート」をたくさん聞いて、知的にクライエントを理解したとしても、面接はまったく深まりません。エピソードに含まれる「情緒」を汲み取り、クライエントの体験の詳細を聴いて追体験できないと、共感もできません。

私が訓練を受けた「対人関係精神分析」では、クライエントの「体験のdetail(詳細)」に関心を持つことが求められます。そして、そうした点を尋ねていく「detailed inquiry(詳細な質問)」という技法が重視されています。その目的は、尋問のようにクライエントを問いただすことではなく、クライエントの体験の細かな揺れや情緒を汲み取り、共有することにあり、その中で共感が生まれます。そうした共感は、単に〈大変ですね〉というものより、はるかに密度が濃いものになります。〈そういうことなら、○○と思っても無理ないかもしれませんね〉と、心から言えるかもしれません。
エピソードに注目する理由は、「情緒体験の密度が濃い」だけではありません。
数あるエピソードの中で、どうしてそのエピソードをクライエントが覚えているのかというと、そこには重要な「理由」があります。その点は、次回お伝えできればと思います。