三郎先生のカウンセリングコラム

センターの老賢人と慕われている心理カウンセラーの先生です。
「真のラポール」とは・・・を追求されています。
一言で語れるものではないですが、先生のお人柄に惹かれます。

<プロフィール>1936年(昭和11)年、大阪府岸和田市に生まれる。大阪府立岸和田高校卒。大阪市立大学文学部英文科卒。泉南町立西信達中学校、大阪府立登美丘高校、大阪府立泉鳥取高校教諭を経て、関西カウンセリングセンターで心理学を学び、同センターカウンセラー適任証取得(樋口和彦審査委員長賞受賞)、60歳で大阪学院大学・学生相談室カウンセラーに就任。70歳にて退官。発行著書・冊子多数。カウンセリング界の老賢人と慕われている。(文:田村繁樹)

コラム№39 受容・共感・自己一致」再考

「『受容・共感・自己一致』は傾聴のための三つの条件」と一体誰が言ったのでしょう?カウンセリングを学び始める人にかなりの誤解を植え付けましたが、この誤解が解けるのに何年要したことでしょう。

 ロジャーズの側近だったブライアン・ソーンと言う心理学者は「受容・共感・自己一致は言うは易しく、記述ははるかに難しく、実践は限りなく挑戦的である」と言い、センターの東先生が「受容・共感・自己一致は一生ものです。」と言っています。こんな簡単そうで難解な概念はないと思われます。
 よく、受容と共感は分かるけれど、自己一致は出来ないと言う人に出会います。この三つの表現は一体であると気づくのに、何年要したことでしょう。

 「『受容・共感・自己一致』はカウンセラー(以下Co)に必要にして十分な条件」とロジャーズが言っています。これはCo側の問題だと長年信じていましたが、実はこの裏には、この概念はクライエント(以下Cl)側のものでもあると思い至りました。
 Coが真にClを受容することにより、Cl自身が自らを受容するにいたり、Coが真にClに共感することにより、Cl自身が自らに共感するにいたり、Coの自己一致がClの自己一致を促すと思われます。
 悩み多きClは、こんな自分が認めがたく何とかしたいともがき、「本来の自己」と「自己概念」(こうありたいと願望している自分)とがかなりかけ離れ(ロジャーズ:不一致の状態)、自らを否定しています。
 これが、Coの真の「受容・共感・自己一致」により、「自分は自分であり、こんな自分を変えたいと思っていたが、実はこれが自分の長所だった」と気付き、かけ離れた「自己概念」が「本来の自己」に近づくか、時には重なるようにもなり、Cl自身が変貌するに至ります。
 これがClの「受容・共感・自己一致」ではないかと思うのです。

 これこそがロジャーズの「来談者中心療法」の真髄だと実感しています。ここまで辿り着いたとき、Co自身の「受容・共感・自己一致」がまた一歩深まりを感じます。

コラム№38 観察

我が家の葡萄の成長を私は毎朝観察しています。昨年までは葡萄の房に袋がけをしていましたが、今年はしっかりした紙で笠がけにしました。そのほうが少しの変化に気付きます。昨日は一つの房の中で一つだけわずかに色づいていたのが、今日はその色づきが周りに広がりつつあります。葡萄は自分でこの変化に気付いているだろうかとふと思います。

 カウンセリングを受けに来られるクライエントが毎回同じテーマ、例えば母への不満などを五回十回と語ることがよくあります。カウンセラーはまた同じことかとうんざりして聴いていると最早カウンセリングにはなりません。クライエントが同じ内容を語っても、毎回そのわずかな変化にカウンセラーは気付く必要があります。カウンセラーが気付いているからこそクライエントが微妙に変化していくのだと思います。悩み多きクライエントが自分が変化しているとはなかなか感じないものです。
 「私は一向に変りません」と嘆くクライエントに「あなたはこんなに変化していますよ」と具体的に指摘することでクライエントが驚くことがよくあります。

 葡萄とは限らず植物の成長も人間の成長も遅々として進んでいなくても、確実に変化成長しいます。
 自宅のわずかな菜園に所狭しと、トマト、きゅうり、オクラなど植えていますが、毎日毎朝全てが変化成長しています。先日一本のきゅうりが毎朝注意深く見ているのに、葉っぱの影に隠れていて気づかず、気付いたときは36センチにまで大きくなっていました。見守り育ているものがその変化に気付かなければ、食べごろを逸してしまいます。

 人間も日々成長変化していますが、自分では気づかず、周りのものがその成長に気付いてやることがその人の生長を促すのではないかと考えます。

コラム№37 サクランボ狩り

サクランボと言えば、東北地方が産地と決まっているようですが、品種改良されどこでも栽培できるようになっています。「暖地」と言う品種で、「佐藤錦」のようにはいきませんが、我が家にも数年前からサクランボ狩りができるようになり、毎年数名の私の卒業生が我が家へやってきます。今年は、昨年の台風のせいで木がかなり痛み、実りが少なかったものの、5月5日を待っていたように真っ赤に熟しました。
 今年も5人の卒業生とその孫達4人がやってきました。料理は私の得意なカレーと泉州特産の水なすの浅漬けで皆さん満足してくれました。

 さて卒業生と言っても私の30代の頃の生徒ですから、すでに還暦を迎えています。彼らはそろって年に3度我が家へ来るのを楽しみにしてくれています。私が釣ったグレ(関東ではメジナ)の水炊き、今回のサクランボ狩り、8月のぶどう狩りです。
 彼らは単なる私の教え子と言うだけではなく、私のクライエントでもあります。彼らの人生の節目節目に私に相談に来られて今に至っています。ある人は子どもさんが不登校になり、1年間隔週に来られました。今ではその息子さんは自立し東京で仕事をしています。
 またある人は2年間余隔週に来られ、苦悩に満ちた人生から新たな人生のやり直しを始めました。他の人たちも何らかの問題を持って来られた方です。
 更に彼らの共通している点は、底抜けに明るいことと知的障害者の支援の仕事をしていることです。1人は事務の仕事、3人は施設のキーパー(泊まりで食事のお世話)、1人は支援学校の教師。卒業生であり、私のクライエントであり、障害者の支援をしているという三つの共通点があるわけです。今回は来られませんでしたが、時にはその子ども達から孫に至るまで、親子三代のクライエントでもあります。
 大きな苦悩を乗り越えた人は明るさを取り戻し、人の役にたつ存在になる生き方を模索するように思います。
 人の役にたつ人生を送りたいという願望は、カウンセラーである私の願いと共通しています。
 サクランボ狩りやぶどう狩りなどで、彼らと楽しい時間を共有する度に、私は教師冥利とカウンセラー冥利に尽きる幸せ者だといつも感じます。

コラム№36 皮むける

芝居の練習で、演出家が役者に、一つの台詞を何度も何度もやり直しをさせる場面がよくあります。最後には演出家は大声で「だめだー!」と怒鳴りつけ、役者は泣き泣き繰返すうちに、台本を床に投げつけ「分かりません!」と言って号泣する。演出家は「それだよ!」と言う。怒りの爆発が、その場面の感情の表出と一致した時です。
 役者が「一皮むける」瞬間です。

 カウンセリングで、しばらく膠着状態が続き、思わずクライエントが「先生!私の言うこと聞いてくれているの!?」等と、陰性の転移感情をカウンセラーに向けられたとしましょう。このような体験を私は駆け出しの頃、複数回あります。今でこそこれがカウンセリングが大きく動くときだと分かるのですが、その度に自分の傾聴が足りなかったのかと、おたおたしてしまい謝罪したりもしました。
 あるとき、クライエントの声よりも大きな声で「僕は聴いているよ!」と思わず言葉が出ました。驚いたのはクライエントだけではなくカウンセラーの私もでした。この時双方の感情が噛み合い、双方が一皮むける瞬間でした。
 このような体験を期待していてもできるものではなく、ある時ある場面で、思わず言葉がほとばしる時があり、クライエントが洞察に至り、カウンセラーが成長するときだと思われます。

 私ごとですが、妻が料理ができなくなり、私が毎日料理をするようになり2年になります。夕食には肉と魚を交互に使うようにしていますが、これだけではなく、野菜たっぷりの吸い物や漬物も欠かせません。今では料理するとき、何を使おうか考えることなく、冷蔵庫をのぞきながら自然と使うものを手に取ります。考えることはまずありません。調味料もそうです。味付けは昆布出汁と塩と胡椒で十分です。漬物は泉州特産のなすびの浅漬け。
 台所に立ちながら何も考えず、手が動くままに任せるとうまくいくようになるものです。
 私の料理も「一皮むけ」ました。

コラム№35 逆転移感情の出所に気付く

逆転移とはカウンセラーからクライエントへの何らかの無意識的感情を意味しますが、時にはクライエントの親や上司に対して抱く逆転移もあり、カウンセリングを学ぶものにとっては注意すべきだと思われます。

 カウンセリングを受けに来られるクライエントの主訴は、「母・娘関係」についてが実に多く、母から愛された記憶がないと語る人に何人出会った事でしょう。
 ある事例検討会で報告したあるカウンセラーが、母から愛された体験がないと語るクライエントの言葉から、ついクライエントの母親に対する怒りを覚え、「まあ、ひどいお母さんね!私はあなたのお母さんに今怒りを感じました」と言ったところ、母への怒りを顕わにしていたクライエントが何の反応もせず下を向いてその後何も言わなかったそうです。
 母から愛された記憶がなく、いかに怒りを表すクライエントも、実はその裏面に愛を求めていることにカウンセラーは気付くべきであり、細心の注意を払う必要があると思います。母から愛された記憶がなく怒りを表明するクライエントの無意識に仕舞い込んだ空しさや淋しさ更に、それでも尚愛を求めている苦しさにこそ共感する必要があると思います。
 更にクライエントの母親に怒りを感じたカウンセラーの感情は、自分にも気づいていないコンプレックスが刺激され湧き出た可能性もあります。カウンセラーの母親に対する無意識の世界にしまい込んでいる感情が噴出しているのかもしれませんし、母親とはこうあるべきだという価値観に囚われているのかもしれません。
 改めて共感とはどうあるべきかを考えさせられます。

 カウンセラーの逆転移はクライエントに対しての感情だけではなく、3人称すなわち、クライエントの親や上司に向いている場合もあり、カウンセラーは自らの感情の出所に敏感でなければならないと思われます。
 母からどんなにひどい仕打ちを受けても、場合によっては明らかに虐待を受けて育ったとしても、クライエントは母親を心底から憎めず、ひたすら空しくても愛を求めています。
 カウンセラーの共感は、あくまでも「あたかもクライエントが感じるごとく感じる」という基本を大切にし、カウンセラーの逆転移と明確に区別する必要があると思われます。

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